三渓横浜杯その3

 さて,続いて山登り開始です。山登り,といってもたかがしれてますが。
 そして,ここ三渓園には山道にも見所があります。なんですかこの凄い竹のゲートは。よく分からんけど,これって人工的に作り出したんですよね?どうやったらこうなるんでしょう。なんともいえない圧迫感です。いやぁ,自然の力(自然を操る人間の力)って凄いですね。

 そしてそのまま松風閣跡へ。松風閣というといかにも和風な名前ですが,当時は煉瓦造で中国風の意匠がほどこされているという,なかなか面白い建物だったようです。今はコンクリで中に自動販売機があって机もあるという,単なる休憩所となっております。ここから,横浜の工場の景色を眺めることができますが,木に隠れたりして,ベストな眺めかというとそうでも無いような気もしますが……。夜間にここに上がってくることができれば,ひと味変わった景色が見られるかもしれませんね。

 
なにこれ?

 続いて,聚星軒跡地。いまいちどれが現存する石組みなのかはっきりしなかったのですが,道を挟んで向かい側にある意味ありげな石がそれなんではないかと思っておくことにします。このあたり,もう少し解説を改善する余地がありそうな気がしますが,そもそもこの解説を読んでる人がそんなにいないので改善したところでたいしたメリットは無いのかもしれません。
 そして,段々三重の塔が近づいてくるなかで,出世観音。なにか解説を見落としたか,と不安になりましたが,特に解説はどこにもなかったようで,ネットを見回しても特に由来は発見できず。まあこれを大事にした三渓さんが出世したから出世観音,ってのが一番理に適ってそうですね。石仏はいつごろ作られたんでしょうかね?


 というわけで,三重塔です。
 この三重塔,完全に塔だけで,なかにはなにもありません(ほかの建物も軒並みそうですが)。解説員の方によると,上に登るための階段やはしごもとくに無いようです。
 旧燈明寺から塔を移築する際,中身は救出できなかったのかな。なかががらんどうなので,なんともむなしい雰囲気が漂っております。言われなきゃ重文だとは思わんよなあ。
 天井部の格子は美しいんですが,いろいろとガタがきていて,なんとかした方がいいんじゃないかと思ったり。これ,今は色が落ちてますが,全盛期は煌びやかだったのかなあ。


東明寺

この瓦はどういう役割なんだろう

読めない

この穴は意図的?

 さらに進みます。今度はまた新たな渓谷美が待ち構えております。ほんと凄いなこの庭園。
 その前に,初音茶屋。何も言われないと単なる茶屋なんですが,ここに芥川が来たことがあるというだけで一気に格式が上がります。そのためか,初音茶屋だけ解説が過剰であります。


 そしてそのまま旧東慶寺仏殿。ここも中に仏様はおらず,建物のみです。鎌倉東慶寺は去年行ったな。個人的に,鎌倉時代以降の鎌倉って土地にはわりと関心があるんですよねー。ちょっといろいろと本を読んでみたいところなのです。そんなことやってる時間ないんだけど。


 続いて現われたるは,合掌造の建物。こんなものまであるのか。完全にたてもの園の様相を呈しておりますな。これだけの庭園風景とこれだけの建物ごった煮を両立させてるんだからたいしたもんです。
 この建物,解説にもある通り,1階部分は左右で全く違う内装です。白川郷には行ったことがないので,現地の建物がどれもすべてこういう内部構造になっているのかは分かりません。ぱっと見,書院造と農家造の2つが1棟にあるのは違和感あったんですが,考えてみたら今の日本の一軒家って和洋折衷スタイルのものが多いし,この建物がそこまで変,ってわけでもなさそうですね。


出入口の小便器は
なぜか外されているとのこと

雪のときはここから外に出る
っていう理解でいいんですよね?

 そして,横笛庵などなどを斜め見しつつ,旧燈明寺本堂へと向かいます。それぞれの建物や燈籠はいずれもいろいろな経緯があってここにあるんだろうと思いますが,もはや数が多すぎてありがたみが薄れてきますね。横笛庵の横笛像なんかは現存してたらとても興味深いところだったんですが,なんで第2次大戦で像だけ失われたんでしょうか。混乱に乗じて誰か盗んだのか?
 旧燈明寺本堂には仏像がありました。おおっ,とおもったら,複製でした。あえて複製の仏像をおくんだったら,燈明寺と関係なくてもしっかりした仏像を置けばいいのに,と思ってしまうんですが,どうなんでしょうか。ちなみに,仏像が「複製」である場合って,その複製の仏像には霊験?はあるんでしょうか。

 
間は落ちたままで,戻す予定はないんでしょうか?

これは空襲の跡なんでしょうか?

燈明寺の十一面観音…の複製

 いよいよ終わりが近づいて参りました。続いては天満宮。ここにも天神様がいるのか……。そしてお稲荷さんもあったようです。この2つはもはや定番中の定番,本当にどこにでもあるな。それだけ日本中で親しまれてるんだろうな。それにしても,天満宮の脇に石仏があるってのは興味深いです。明治期に作られた場所だから神仏習合的思想があったわけでもないだろうし。


これはお不動さん?

 最後に花を眺めて終了。


 それにしても,事前知識無く行ったもので,あまりの見所の多さに想像以上に時間がかかりました。これ,全部バッタもんだと言われても納得するんだけれど,重文指定されてるってことは本当に本物ってことなんだよな。いやあ,よくぞこれだけのものを集めたものです。それだけ廃仏毀釈運動が酷かった,という見方もできるんだろうけれど。
 そして,見所が多すぎて疲れた……。帰りのバスでは爆睡しただけでなく,寝ぼけて席を譲らなくていい場面で席を譲ろうとしたりしてよく分からないことになってしまいました。
 そして,最後に横浜駅でバスカードを換金しようとして(なぜか横浜市営交通のバスカードを持ってて,早いことお金に戻さないといかんのです)彷徨って,結局5時に間に合わないという失態。う〜ん,なにやってんだか。

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