ユキノエンザン

 山梨県に友人がいることは大月のときにも書いたとおりで,今回はその友人がライブをやるというので,それに合わせて山梨県に突撃しました。
 だけんども,しかし。皆さんご承知の通り,2014年2月,山梨県は大雪に見舞われ,完全に陸の孤島と化しました。大雪が降ったのは2月8日と2月14日。特に2月14日の雪はまさに大惨事でした。そして,NPが山梨突撃計画を立てていたのはそのわずか1週間後,2月22日のことだったのであります(なお,当初は1週間勘違いして2月15日だと思い込んでおり,「どうやったら山梨に行けるだろうか」と本気で検討していたのでした。仮に行けたとしても行ったら大惨事だっただろうな…)。
 前回は岩殿山を攻略したので(正確には山自体は攻略できてないけど),当初予定では今回は猿橋(どうも高速バス猿橋バス停からなら近いらしいのだけれど,ここは降車専用らしいから結局猿橋駅まで歩かないといかんらしい…でもまあ行きたい)や甲斐大和(勝頼がらみの史跡たくさん)を攻めつつ恵林寺を経由して西上して,甲府城躑躅ヶ崎館から昇仙峡まで,という壮大なプランだったのですが(←基本的に無理なプランを考えて現地で適宜予定を変えるのが毎度のことです),雪で中央高速バスが猿橋に停車せず,昇仙峡はロープウェー休止と,惨憺たる状況。しかも,当日は案の定寝坊しました。

 というわけで,土曜日は塩山まわりを攻略するにとどめることにしました。
 前置きが長くなりましたが,そんなこんなで塩山。どうせ途中下車できるだろうと思って甲府まで買っていた切符が吸い取られるというショッキングなイベントからスタートであります。

 恵林寺まではバスと自転車の2つの方法がありますが,この日は雪のためレンタサイクル中止(これは事前に知っていた)。てことで,バスです。バスの本数はやはりあまり多くないのですが,かといってぼーっと待っているのも芸がないので,駅前の甘草屋敷へ。
 もともと2月に薬草園に行ってもおもしろくないんでしょうが(というか自分的には薬草園に行く趣味がない),この日は雪のため地面も見ることができません。しかし,甘草屋敷はおひな様の展示を行っており,ここは元気に営業中でした。

 この地域(山梨静岡と群馬の一部)には「御殿雛」という雛飾り文化があったようで,この御殿は京都御所をイメージしたものだそうです。当初は簡素な御殿だったものが,次第に(人形屋が欲に目がくらんで?とのこと)御殿が豪勢になっていき,それとともにお値段も上がっていき,それとともに庶民から手の届かないものになり,昭和半ばには廃れてしまったとのことです。
 基本的にこれまで雛飾りには特に興味なかったのですが(なんせ独身子なし+男性),関東と関西ではおひな様の立ち位置が逆らしく(自分の脳内イメージではお内裏様が左でおひな様が右),関西雛は右が内裏。なぜかというと,もともと日本では日が出る東が上座で,京都の内裏は南を向いているため,上座である右側にお内裏様が座っていた。しかし,海外では男女の立ち位置が逆であり,海外の代表者と会うにあたって天皇陛下が右側だといまいちだった。というわけで,昭和に入って内裏が向かって左にくるようになり,これが広まったのが関東雛,とのことです。
 あわせて飾られている享保雛は,内裏が足を前に出していたり,雛は袴だったりと今とはスタイルが大きく異なる。これはこの時期まで。その横にある綺麗なおひな様は今上天皇即位に合わせて作られたもの。各県に1つか2つしかないらしい。
 このころおひな様を飾ることができたのは大名クラス。他方,一般庶民はというと,ひな壇を盛大に飾ることなどできないので,着物の端布などを使って吊し雛というものを作っていたとのこと。雛飾りの数は7×7=49。人間50年で,旦那様よりも1つ引いた数らしいです。それぞれの雛飾りには当然意味がこめられており,たとえば唐辛子は「悪い虫がつかないように」という意味。
 それ以外にも紙でできた飾りがあるが,これはあくまで飾りであり,吊し雛とは異なるとのこと。この紙飾りはこの地方独特。このあと訪れた恵林寺の博物館なんかにもこの紙飾りが多数ありました。
 なお,解説の方の話をあわててメモっただけなので信憑性は保証できません。また,仮に記載内容が間違っているとすれば,間違っているのはガイドの方の解説内容ではなくそれをメモったときのNPの記憶違い+書き間違いの可能性大ですので,あしからず。





塩山駅
除雪が進みました
信玄像 旧高野家住宅
重文指定されています。
母屋は望楼型の建物で,見た目が特徴的で面白い
甘草
雪に埋もれてます
初期の御殿雛 だんだん豪華になっていって収拾がつかなくなってますね
享保雛
おひな様の袴が
なんとなく間抜けに見えてしまう
今上天皇即位にあわせて
作られたものだとのこと
吊し雛
飾りは布でできている
これは紙でできている 面白い形だ… レンタサイクル中止

 さて,思ったよりも雛飾りが面白かったのでバスの時間ぎりぎりになりました。が,なんとかダッシュの甲斐あってバスに間に合いました。客はほかに2人だけ。まあ,雪だしね…。

 当初は恵林寺にだけ行く予定だったのですが,どうもその1つ先の放光寺も面白そうなので,ここまで行くことにしました。このあたりまでは車道は完全に除雪されています。
 そんなわけで,バス停から徒歩数分で放光寺に到着。お寺はまだ雪に覆われておりましたが,参拝できるように道はできておりました。雪かき大変だっただろうな…。

 時間を選ぶなり連絡をするなりすれば内部拝観も可能っぽい雰囲気でしたが,時間もないしそんな天気でもないので外からで終わり。本堂の先には愛染堂があったりして,しかもお守りがぶら下がっていて面白い雰囲気でした。雪のない普通の日に来たらいろいろ分かるんじゃないかと思います。ただ,再訪する日がくるかどうかは分からないな…。


仁王門 仁王像は市重文 雪の中に道が 沿革
これは塩山市のまま
鶏冠観世音菩薩
鶏をかぶってるのかと思ったら
黒川金山が鶏冠山と呼ばれてたことに
由来するっぽいです


中門 本堂と庫裏 正面に立つ観音像 愛染堂 何がぶら下がってるのかと思ったら,お守りとお賽銭でした


安田義定公廟所 雪と水車ってなんか似合いますね 山門。興味深いかたちと額 縁起と解説

 そして,恵林寺に向かいます。恵林寺に向かう途中に放光寺の山門があり,なんともいいようのない形。そして,そこに掲げられた額はおそらく仏教的な意味があるんでしょうが,素人にはさっぱり分かりません。解説プリーズ。

 そんなわけで,徒歩10分もしないで恵林寺に到達しました。雪の関係で歩道は歩けず,車道を歩かないといけないのでなかなかに怖いです。車を運転する方からしたら,ただでさえ雪で道が狭くなってるのにこんな場所で車道脇歩いてる歩行者なんて迷惑千万でしょうが。

 さて,こんな雪の恵林寺ではありますが,心頭滅却すれば雪もまた熱しと言ったか言わないかで有名な快川和尚で有名なお寺だけあって,NPのほかにも参拝客がおりました。いやはや,みなさん精が出ますね。
 この恵林寺,信長軍に一度焼かれた割には文化財指定された建築物等が多く残されております。どういう経緯でこのお寺が再興されたのでしょうか。しかも,しまいには柳沢吉保のお墓まであるってんだからなかなかのものです。

 そんなわけで,まずは赤い四脚門をくぐって中に入ります。重文と言われないと,単なるぼろくて赤い門ですね。一面雪景色ではありますが,参拝者用の道は確保されております。が,文化財の解説板までの道は確保されておらず,雪の中に足をずぼずぼ入れながら解説板に近づくハメになりました……。
 そして,どっちかというとこっちの方が形が面白く興味深い三門をくぐると,正面にお堂が現れます。これが本堂かと思いきや,これは開山堂。開祖夢窓国師・快川和尚,そして宗和国師の3名がまつられております。そしてこの開山堂,ふと上を見上げると風神と雷神がおりました。おお,素晴らしい!


参道

重文の四脚門




怖くて近づけないな

三門

アップで三門
 

三重塔
目の前にあるのは解説板かと思ったら納骨堂の勧誘でした
てことは,見た目からしても結構新しくできた塔かな?
  
風神&雷神

 ここまでが無料ゾーン。しかし,恵林寺と言えばここから先が本番です。というわけで,有名な名勝庭園目指してレッツゴー。
 てことで,靴をぬいで寺務所へ。庭園と宝物館の共通券を希望しました。すると,博物館が早めに閉まってしまうので,先に宝物館に行った方がよい,とのことでした。てことで,靴をはき直して博物館へ向かいます。
 博物館は,武田24将の展示で若干スペースを埋めている感があったものの,甲陽軍艦を見られたのはよかったです。また,ここにも吊し雛飾り(布製か紙製かは不明)が多数飾られておりました。このあたりではかなり広まっている雛飾りなんだろうな。

 で,あらためて恵林寺拝観。
 主な見所としては,うぐいす廊下〜武田不動尊〜信玄のお墓〜柳沢吉保のお墓〜庭園ということになります。
 個人的にはうぐいす廊下のうぐいすの音が,予想以上にうぐいすでびっくりしました。どうせキコキコ音がするのを「うぐいすみたい」とかなんとか着飾っただけなんだろうと思ってたら,かなり本格的な音の鳴り方でした。これはびっくりです。いやぁ,凄い凄い。

 そして,庭園でありますが……雪化粧の庭園ってのは基本的にいいものなんですが,まあさすがに雪が深すぎますわな。2段構造の庭園として有名なようですが,さすがに下段はよく分からないことになっておりました。それにしても,寺院の庭園だから小さいのかと思ってました。予想よりはるかに大きい。よくぞこんなものを作ったものです。
 そして,とても静かなので,水の流れる音と鳥の小さい鳴き声だけが聞こえてきて,たいへんのどかです。雪じゃなかったら日曜午後にここまで静かにならなかったかもしれないな。途中から雪かきの音が混じってちょっと残念ではあったけど,これはこれでよかったかな。

自販機方式ですが,
宝物館とのセット券は
対面販売です
境内図 雪が深い 小さい橋も風情があります 信玄の解説
早くから天下の大志を抱いていたかは
議論の余地がありそうです
うぐいす廊下
びっくりするくらいうぐいすでした
武田不動尊の脇にあった
小さいお不動さん
武田不動尊 信玄の墓。1672年建立とのことです
柳沢吉保夫妻のお墓
「山梨県の歴史の中でも,武田信玄に次ぐ人物として
知らしめる必要がある」との,並々ならぬ決意がみられます
開基者供養塔 柳沢吉保座像

 そんなわけで,恵林寺をあとにして,向かいの信玄館(しんげんやかたと読むようです)にタクシーを呼んで,恵林寺まわりをあとにします。

 まだ中途半端に時間があまっていたので,逍遙院に行こうかとも思いましたが,結局なにもせず。

信玄館の信玄像 腰掛けの石をふさぐカメラ 競馬好きはいけませんな

 その後は甲府で友人と合流して,友人のライブを聴きに行ったりなんだり。
 みなさん元気そうでなによりであります。
 それにしても,自己表現の方法として「歌」というのがある人は強いな,と,ネットの片隅でグダグダ書くしか脳のない人間は思うのでした。

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