トーヨーリクギ

1 東洋文庫-インドの叡智展


私が競馬を始めた頃は、トーヨーリファールにトーヨーシアトルが松永善騎手を乗せてイマイチなレースを繰り広げておりました。
 馬主のトーヨークラブさんがどういう会社なのかは全く存じ上げませんが、少なくとも会社名義では、もう馬は持っておられないようですね。
 なお、トーヨーシアトルのWikipediaを見ていたら、競走成績に大いなる違和感があり((旧)3歳でデビューしてから長期休養?)、見直してみたら単に1996年とすべき所を1998年と打ち間違えていただけでした。まあ、こういうミスなら仕方がないですね。
 ただ、なんとなく歴史に残るのは走る精密機械ことトーヨーアサヒな気もしますね。「走る精密機械」っていう秀逸なネーミングはどなたがつけたんでしょうか。精密機械的なラップを刻んだ馬というとスマートファルコンなんかもいますが、場所が大井だったせいか、そういう方向性からの印象は強くないかもしれません。

 そんなわけで、東洋文庫へ行きました。
 六義園には何回か行っていたのですが、東洋文庫は初めてです。目的は、この日開かれていたインドの叡智展です。インドという国は、色々あった結果、色々とお付き合いのある国であり(色々ばっかりで具体性が無い)、せっかくこういうものをやっているのだから行ってみよう、てなもんであります。

 これを書いている2022年2月時点で検索をかけたところ、さすが巡回展でも無いマニアックな展示なだけあって検索精度が高い。しっかりとした鑑賞記を書いておられるかたのブログやサイトがサクッとヒットしました。内容については、WANDER 国宝さん(案内鑑賞記)、猫アリーナさん、発想法さん、Pass Hunterさんなどを参照。
 これらの鑑賞記を見ていると、どうも内部の撮影はOKだったようですが、私の手元にはなにも残っていません。当日カメラを持っていたことは間違いないので、このあとの六義園のために気がせいていたか、混雑していたのでカメラ取り出すのをためらったか、写真NGだと勘違いしていたかのいずれかでしょう。まあいいや。

 ラーマーヤナとマハーバーラタはインドの二大叙事詩として世界史の授業で皆さん習ったと思います。習うときはこの2つの固有名詞を覚えて終わり、となるのが通常で、私がこれらの内容についてちょろっと勉強したのは、アンコールワットに行ったときです。勉強したといっても、プノンペンからシェムリアップに向かうバスの中でとんぼの本の「インド神話入門」を読んでラーマーヤナについてちょろっとストーリーを追いかけた程度です。ただ、あれからもう5年以上経って、完全にストーリーを忘れました……。ラーマーヤナはマハーバーラタに比べて庶民にも分かりやすく、流行するのもよく理解できた、という感想を抱いたことは記憶にあります。
 そんなわけで、久々にインドの歴史に触れられた(そして、一回少しだけでも勉強したラーマーヤナについて記憶がぶっ飛んでいることを確認できた)という意味で、非常に有意義な展覧会でありました。

東洋文庫 インドの叡智展 リーフレット 展示品案内 インスタ映えするモリソン書庫

 なお、写真はないのだけれど図録は買っております。もちろんここにアップはしませんが、表紙と参考文献ならばまあ許されるでしょう。参考文献を載せたとして、とんぼの本すら記憶から飛ばした私がきちんと文献を読むのか、という疑問はあるけれど。


2 六義園

 続いて、六義園。
 六義園に行くのはかなり久々で、自分の写真フォルダを参考にする限り、前回は2014年2月です。2月という景色を考えても、東京に雪が降ったときだな(旅行記にはしていない)。その前が2013年11月30日のライトアップ。雪のときもライトアップのときもイレギュラーな訪問なので、その前、となると2012年8月。時期を考えても、これは(当時の)自宅から自転車で乗り込んだときですね。六義園は一度庭園のボランティアガイドさんの話を聞いたことがあるのは間違いないので、それはこの2012年のことでしょう(自分が六義園訪問時にちゃんとフォルダに「六義園」と入れていることが前提だけど)。
 つまり、六義園に行くのは5年ぶり、きちんと回るのは7年ぶりということになるわけです。なんかあともう1回間に挟まってるような気がするんだけど、そこの正確性は重要ではないのでスルーします。

2.1 江戸太神楽丸一仙翁社中

 こちらは都立庭園おなじみの、江戸太神楽です。丸一仙翁社中以外にどの程度の流派があるのかはよく分かりませんが(寄席でよくみかけるボンボンブラザーズさんや鏡味味千代さんとかとはどの程度流派が離れてるのだろう)、都立庭園で演じられるのはこの丸一仙翁社中のみなのでしょうかね。記憶に新しいのは、小石川後楽園でみたときのものです。あれは仙若氏が後楽園競輪のネタを披露されたのでした。この日演じられていたのは、丸一花仙氏。どうも丸一仙花氏という方もおられるようで、めでたい漢字・めでたい名前というのは限りがあるようです。
 悲しいことに、太神楽は何回か見ているので、ある程度先が読めてしまい、新鮮な驚きというのはなかなかないのです。とはいえ、こういう風のある屋外での演技というのはどう考えても一筋縄ではいかないわけで、何回か見てるから簡単にできそうに見えてしまうけれど、どう考えても難しいよなあ。


2.2 六義園碑

 太神楽を見て満足したので、いざ六義園です。


2.3 出汐湊~中の島、妹山・背山

 5年ぶりに六義園を訪れるので、六義園がどういう庭園か、というのを完全に忘れていました。そういえば、ここは和歌浦をモデルにした庭園なんだった(レベルが低い話ですいません)。

 まずは出汐湊。ここからの景色は、ビルが背後に見えないという東京都内とは思えない景色となっております。
 和歌浦をベースにしている六義園ですから、ここから見える中の島と妹背山も和歌浦ベースです。和歌浦では三断橋には渡る人は注意して渡れという注意書きが出ていましたが、ここ六義園の田鶴橋は通行禁止です。


出汐湊解説 正面
この池の眺めは素晴らしい
左から右に中央に見えるのが中の島 ちょっと進んだところから
奥に田鶴橋が見えます 灯籠と松 田鶴橋から左右と正面を見る

 これを書いていてびっくりしたんですが(自分のことなのに)、てっきり右回りで庭園をまわったのかとおもったら、どうも左回りでまわっていたようです。自分の習性だと右回りに動きそうなものなのに(これも特に根拠はないのだが)、なにがあったのだろう。

2.4 渡月橋・紀川

 人間が渡ることが許されているのが、続いて現れる渡月橋です。
 「和歌浦+渡月橋」で検索したところ、六義園について詳細に解説されている方のブログに出くわしました。一回流し読みしただけでは半分も理解できない(そもそも自分に和歌の素養が全くない)のですが、これをしっかり読んでから六義園に行くと色々と知ったかぶりができるようになるのでしょうね。所詮は付け焼き刃なのでボロを出すでしょうが……。こういうブログをしっかり書ける大人になりたかった。

渡月橋 渡ります 正面に田鶴橋 島とこちら側を隔てるのが紀川

2.5 藤代峠

 続いてやってくるのが藤代峠。和歌山の熊埜古道にある藤白峠をオマージュしたもの、ということのようです。
 ここからの景色がザ・六義園という眺めになっております。右回りに歩いたのは、ここが懐かしくなってここに直行したのかもしれないな。

藤代峠 解説 花の名前は分かりません あらためて、紀川
藤代峠からの眺め

2.6 白鷗橋~吹上浜・吹上松へ

 白鷗橋を渡って吹上浜方向へと向かいます。この松、風の強い場所ならいざ知らず、こんな東京のど真ん中で、どうやったらこういう格好になるんでしょうか。


白鷗橋から見る不知汐路 白鷗橋から大泉水方向 吹上松と吹上浜からの眺め

 凄い人だかりがあるので何かと思ったら、猫でした。
 なんだかんだ、景色よりも猫の方が人気があるのではないか、と思わされるところです。

人だかりの先には猫!

2.7 千鳥橋~紀川上

 ここから、紀ノ川の上流へと向かいます。なるほど、ここにきて自分のたどったルートの意味が分かってきた。

 目の前に広がる大泉水の景色、藤代峠からの景色、そしてここにきて山奥の石がゴツゴツした上流の景色と、様々な景色を見ることができるのがここ六義園の良さであります。

解説 道を進んで、正面に千鳥橋 渡ります 千鳥橋から見る上流 千鳥橋から大泉水
上流から千鳥橋 石と水 水源方向を見る 上流を見上げる ここを渡ります 渡りながら見る千鳥橋
解説 あらためて水源 水分石が水を3つに分けているのはよく分かります
この石、よくぞ今まで壊れずに残ったなあ
歩みを振り返る

2.8 尋芳径

 ここから大泉水を離れて山の中を歩きます。尋芳径というのは、どうも芳しい花を尋ねて歩く径という意味があるようです。意味の深さに素人の私はついていけません。ただ、大都会東京の中にこんな雰囲気の場所がある、というのは本当にビックリです。


2.9 水香江

 かつては水が流れていたという水香江。まあ、水が流れていたのであろうことは見れば分かるのですが、見れば分かるレベルできちんと整備されているのが凄いですよね。
 もし現代に水が流れていたら、夜のライトアップ期間中に年間10人くらい水の中に落ちているのではないでしょうか。
 水が涸れた理由はよく分からないんですが、そもそもここに水源があったらしい空気感もないし、そもそもなんでここに水が流れていたのでしょうか。

解説 水香江ゾーンへ 水香江 ふと振り返る 水香江
芙蓉橋 あらためて振り返る つつじ茶屋 座禅石


2.10 剡渓流

 剡渓流。そもそも読めません。鋭意検索したところ、「ぜんけいのながれ」と読むことが分かりました。大泉水から離れたゾーンは和歌山からも遠ざかって儒教ゾーンになっているのですね。

剡渓流と山陰橋 解説 裏側からツツジ茶屋を見上げる
剡渓流 山陰橋 剡渓流

2.11 蛛道~芦辺茶屋跡~新玉松跡

 蛛道。またも読めません。こちらも鋭意検索したところ、「ささがにのみち」であると判明しました(看板を見たらふりがなあるだろ、と突っ込んではいけません。そんなもの写真撮って満足してるだけなのです)。なお、「ささがに」と見て、一瞬サワガニと勘違いしかかったことは秘密です。
 それにしても、先ほどの藤代峠の裏手にまわるだけでこんなにも雰囲気が変わるものなのですね。

蛛道 剡渓流 芦辺茶屋跡へ 芦辺茶屋跡
芦辺茶屋跡から渡月橋を見る 下に降りて渡月橋を 大泉水が見える 玉津嶋神社の鳥居跡

 ここ新玉松跡は、あじさいが見所です。雄大な景色もいいですが、こぢんまりと咲くあじさいもよいですね。

小あじさい
ヤマアジサイ深山八重紫 ヤマアジサイくれない ヤマアジサイ紅てまり

2.12 出汐湊

 園内をぐるっと一筆書き的に一周しました。最初左回りに歩いたのは一筆書き的に歩くことが目的だったのでした。
 ついさっきまで、山の中で木に囲まれていたと思ったら、こうして目の前に大泉水が広がっているのだから不思議です。


 5年ぶりの六義園、たっぷり堪能させていただきました。いやはや、こんな庭園がたくさんあるんだから、東京ってのは凄い場所であります。

太神楽の次の演技が終わるところに遭遇

3 巣鴨大鳥神社

 帰りがけ、巣鴨大鳥神社に寄りました。住宅街の中にある神社ですが、立派な階段の上にお社があります。
 そして、ここにもあじさいが咲いておりました。



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